風の成長記録(簡易版)
保育園時代
年少さん
入園しても保育園を嫌がる素振りはまったく見せず、園バスに乗りたい一心で風は保育園に通っていました。
けれど…入園してから1ヶ月、給食もおやつも風は食べることを拒否していました。
しかたなくお弁当を持たせてもダメ…
子供心に自衛策だったのでしょうか、とにかく朝ご飯をたくさん食べていましたね。
ところが、入園1ヵ月後のGWが終わったとたん、突然給食を食べるように…
そのとき気がついたんですが、風はそれまでお箸が使えなかったんです。
いくら教えようとしても見向きもしなかったんです。
それが 給食を食べれるようになったと同時に 綺麗に正しく上手にお箸を使えるようになっていました。
(『自分が出来ると確信するまでは、絶対にやらない』 これはハイハイにも言えたことですね
このこだわりも障害の特徴なのでしょうか?)
その後は特別な問題は無く(園に迷惑をけなかった)、未満児で入園した妹と元気で保育園に通っていました。
けれど、やはりあくまでも受身の態勢は崩さず、仲良しさんは出来ませんでした。
そして年少さんの10月に 園のほうから『保健所で発達について検査してもらいましょう』と提案が…
園を通して、保健所内で小児科の先生からテスト?のような診察を受けました。
診察は、親(私)は別室から子供の様子を見る仕組みになっていて、子供の居る部屋とこちらの部屋はマジックミラーで遮られていました。
診察は玩具などを使ってやるもので、風は嫌がることは無かったというか、遊び方(診察)がまったく理解出来ず、ぽわーんとしていました。
初めての本格的な診察でこんな状態でしたので、もう母親の私には覚悟が出来ていました。
元々、結婚前から福祉や障害、精神世界のことに興味があり、たくさんの本を読んでいたので、すでにある程度の予想はずっと前からしてあったのです。
医師が出した診断結果は 『広汎性発達障害・学習障害』でした。
年中さん
自分だけの世界からやっと現実の世界に目を向けられるようになると、風の障害もだんだんと外から見てもわかるようになってきました。
そして 様々な発達において 健常児のお子さんとの差が出てきました。
なんとか二語分は出るようになりましたが、やはり会話についていけない。
ひとりでいる方が好きで、集団は嫌い。
運動会や音楽会などの行事にはなんとか参加はできましたが、ただその場にいるだけの風でした。
そのときは親としてとても切なく思いましたが、今になって考えるとその場にいるということだけでも風は一生懸命だったんだとわかります。
それと創造力と観察力が低かったのでしょうか。
粘土遊びや工作、絵などは まるっきりダメでしたね。
中学生の今でも美術・技術関係は苦手です。
年長さん
なんとか会話が出来るようになってきた風ですが、やはり集団行動は苦手。
遠足などの行事も先生がつきっきりでした。
とにかくお友達が出来ない。 いえ、風は友達というものを必要としていませんでした。
さて、年長さんといえば次の年は小学校です。
園から入学する小学校に連絡してもらい、今度は保健所預かりから教育センターのお世話になることになりました。
教育センターでの検査結果も 障害を確信させるものとなり、IQがやはり低いこと、特に言語分野のIQが著しく低いことがわかりました。
言葉が遅かったのも、会話が理解出来ずにいたことも、そのせいだったわけです。
ただ、教育センターの担当のY先生はとても親切で、保育園卒園までの半年間、すべての保育園行事に来てくださいました。
園のぶどう狩り遠足でY先生と楽しく過ごしたことは、今でも風の楽しい思い出です
そして 肝心の教育センターの進路指導ですが、いわゆるボーダーキッズ。
身体は健康だし、精神遅滞でも無いので、養護学校には入学できない。
とりあえず普通に学区の小学校入学することになりました。